【高野山真言宗成田山真如院(羽幌本院・札幌分院)】札幌・羽幌での十三参り・水子供養など

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「パニック症候群」

〈更新日: 2006年04月20日 〉 ※写真が掲載されている場合は、クリックすると拡大表示されます。

先日、「呼吸が過呼吸になるのだがどうしてでしょうか」と30代の女性が駆け込み寺の相談にこられた。

羽幌町の自坊と札幌分院には毎日のように数多くの方が様々な悩みを持って尋ねてこられる。

その相談の多くは、
ガンなどの深刻な病と闘っておられるご本人や家族の方々
様々な病気、健康に関する相談と祈願
厄払い、当年星供養、運勢検討
車のお払い、交通安全祈願、作業安全祈願、海上安全祈願、大漁祈願
生産工場や農場の施餓鬼供養
動物等ペットの精霊供養
地鎮祭、上棟式、家屋のお払い、土地や建物方角検討
縁談や離婚に関する相談、就職相談、会社の経営相談、
仕事上での人間関係やトラブル、訴訟問題
金銭トラブル
失踪や失せ物探し
子供の虫切り、子供の名付け
不信な死亡、霊的写真、霊的体験、幽霊騒動
などなどそれこそ多岐にわたった様々な相談が寄せられる。

これらについては、相談を聞き、お払いやご祈祷しながら、カウンセリングや呼吸法、瞑想法などを教示している。勿論、この場合は、ご祈祷料はいただいているが。

そんな中で最近は、「過呼吸症候群」とか「パニック症候群」とかと私が、勝手に名付けているのだが、このような現代病と称せられ原因が不可解な症状を示す方々の相談が増えている。

原因を探してみると「パソコン使用しすぎ」、「デスクワーク過労」、「不眠症」、「対人不信症」、「対社会不安症」など様々な社会的要因が起因となっているケースが多い。

今回、来寺された女性は、「パソコン使用しすぎによる肉体的、精神的過労」が原因になっていることが伺えた。

また、症状をもう少し詳しく聞いてみると
「パソコン使用のため、閉じこもりにも似た極度の室内デスクによる過労」、
「事務処理のために一度にマルチ画面のパソコン画面を処理していたこと」、
「これらのことにより目の奥の疲れ、生理不順、極度の倦怠感を体調に感じていたこと」、
「同時に対人不信とストレスを感じていたこと」
などが知らず知らずに身体に起きていたことが分かった。

そして、こんな症状を日ごろ軽く考えて見過ごしていたために、ある日急に「過呼吸」所謂、「息を吐くことしか出来なくなり、吸うことが出来なくなった症状が表れた」との説明であった。

勿論、心療内科の門をくぐり診察を受けたのだそうだが、「どこも異常はないと診断され、取り合えず安定剤が出されただけであり途方にくれた」と同時に説明があった。

私は、以前にもこの女性と似たような症状を示した女性の相談を解決したことがあったことから、パソコンデスクワークのし過ぎによる「光りてんかんに似た精神的ストレス症候群」ではないかと考えてみた。

ただ私は、医者ではないので、相談内容を伺い、話を伺い、勝手にこれまでの経験から判断し考えたにすぎない。

以前に似たような症状を示して相談にこられた女性に対して、私ども密教僧侶が「求聞持行」のような難修行を行う時に使う呼吸法と瞑想法を施してみて比較的、良好な結果を生んでいたものだったから、今回も同様の方法を用いて「心の安定」と「リラックス」の療法を施してみた。

その結果かどうか分からないが、この女性は大幅に改善に向かい、先日の面談では完治の方向を示す様子が伺えたものだ。

勿論、この女性は、現在仕事を離れ、田舎の実家に帰り、「ゆっくり」と数ケ月の転地療養をとったことも大きな改善に寄与したことも疑いはないと考えている。

以前に来寺された女性も同様の方法を施した後、何も言ってこられないので問題の解決はみたものと考えている。

このように現代は、新たな分野として難しい社会的なストレス症候群に似た心の病を抱え込んだ社会に成ったように見える。

心療内科などの専門分野においても盛んに対応処置は取られているようではあるが、これと言った処方箋はないようだ。

これは、相談された患者さんからの意見ではあるが、心療内科では、あくまで医療分野からの処方であるために、最終的には「安定剤」などの「薬」の処方に安易に依存しているように見えると不満をこぼしていた。

これでは、私どもの立場からすると心療内科の処方に対してどうも何か物足りなさを感じるところだ。

やはり「カウンセリング」を主体とした手法も大事のようで、私ども密教が保有している「呼吸法」、「瞑想法」などは医療の専門分野からも注目されているようである。

ただ、いろんな症状を示される方がいるので症状が重い場合は、私ども素人が対応できるには限界はある。

しかし、現代ストレスから来る様々の心の病に対して、密教が保有する「呼吸法」、「瞑想法」などの密教的修法が有効な手段となっていることは一つの事実として考えて良いのではないか思うところだ。

ここまでは、実際に起きている病的なパニック症候群の一例だが、次に社会的な観点から眺めたパニック症候群の一例から考察して見る。

 平成13年からの小泉内閣が進めた行政改革と今日のインターネットの爆発的な普及は、情報に疎く、高齢化している私たち田舎人たちが社会的なパニック症候群に陥っていることだ。

以前、あるおじいさんを車に乗せ、知人の家探しを行っていた時のことだ。

おじいさんを車に乗せ、車の窓から外を見てもらい知人の家を探してもらっていたのだが、おじいさんが突然こう言った。

「いつもの所だと思うのだけど、いつもは歩いているばかりなので景色はゆっくりだが、こうやって車で見ていると景色が飛んで行くので家がどこなのか全く分からない。やはり歩いて探すよ」と話したことがあった。

その時私は、一瞬何を言っているのか理解できなかったが、よくよくおじいさんの立場に成って考えてみると、

それは、「ゆっくり」を思考している昔の老人には、時間変化が急激に起こって社会の背景が急速に変化するような事象には理解することが難しいのだと言う事が分かったものだ。

現代社会での急激な地域社会変革、インターネットによる瞬時の情報伝達、携帯電話などによる便利さの追求などには、「ゆっくり」を思考する老人の多い田舎人にとっては、パニックな社会変化を起こしているとしか理解できなくなっている。

「ゆっくり」の考えは、自分の時間に沿った、自分自身に沿った動きを示す。
昔、田舎は「ゆっくり」で都会は、「スピード」であった。
しかし、現代では、田舎も都会も「超スピード」の時間が必要とされている。

現代人は、この超スピード時間に合わさせられているのであり、こり時間帯に無理やり合うように人間が作られていることだ。

今回、お寺に相談に来られた女性も、所詮、現代の超スピード時間に作られ、使われていたロボットのような存在だったと言える。
そのロボットの機会に不具合が生じれば、お払い箱、捨てられるのが常識だ。

道具として使われ、部品としか使われていない現代労働戦士には、人間としての行き方が保証されていない世の中になってしまっているように見える。

まして、最初から使い物にならない老人や高齢化した田舎社会は、切って捨てられる存在でしかないのだろう。

人間を取り戻し、人間社会の活き活きとした一員として「生命」を保つには、やはり自分に合った時間が必要だ。

「ゆっくり」を思考する時間、特に昔の田舎社会の時間帯がどうしても必要とされる。

私は、このような時間を「手なりの時間」と言っている。

「手なり」とは、茶道の仕草の一つを言うのだが、茶道には大変大切な作法とされている。
所謂、自然の流れのままに沿った仕草を言うのだが、私は、これを「自然の時間」、「自然の流れに沿った時間」と言っている。

この「自然のままの流れの時間」すなわち「手なりの時間」、これこそ私たち現代人にとって、今一番必要とされている時間といえる。

超スピード時間に会わされた結果、神経が磨り減り、精神的に追い詰められ、心が乾ききっている人間にとって、人間本来の心を取り戻すには今こそ「手なりの時間」ほど必要なものはない。

10人に一人が「うつ病」の社会と言われている今には、どうしても急いで「手なりの時間」の普及に努める必要がある。

お寺に集い、仏様の前に座禅し、、深く呼吸をし、深い瞑想の時間を持つことから、この自然の流れに沿った時間を取り戻すことが出来ると私は信じているし、主張したい。

今一度、密教の世界、大日如来の時間と空間、そしてこれを説く弘法大師の世界を知っていただきたいものだ。

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